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function
<memory>

std::assume_aligned(C++20)

namespace std {
  template <std::size_t N, class T>
  [[nodiscard]] constexpr T* assume_aligned(T* ptr);
}

概要

特定のメモリ領域のアライメント情報をプログラマが明示的にコンパイラへ与えコンパイラが最適化のヒントとして活用できるようにする。

より具体的には連続したメモリ領域へのアクセスにおけるキャッシュ最適化や SIMD 命令を使用した処理速度やフットプリントの最適化の可能性に対し、メモリ領域のアライメントをプログラマによって明示的にコンパイラへ与える事で、より良好な最適化をコンパイラが選択し得る可能性を与える。

(但し、本機能の使用により実際にどのような最適化にどの程度の効果が得られるかは処理系や最適化オプションにより異なる。プログラマが期待し得た最適化を必ずしもコンパイラが行えるようになるとは限らない。)

効果

本機能の効果はコンパイラの対象メモリ領域に対する機械語の生成と最適化の選択として現れる。適切に使用した場合はプログラムの実行結果そのものについて効果を持つ事はないが、より高度な最適化が施され、生成されるプログラムの動作速度やフットプリントに良好な効果を及ぼす可能性が得られる。但し、例で示す様に不適切な使用があった場合にはコンパイラが不正な機械語の選択を行い実行不能なプログラムを生成する可能性も生じる。

戻り値

パラメータ ptr がそのまま返る。(この関数の意義については「効果」を参照されたい。)

備考

この機能によって引数または戻り値として得られるメモリ領域が変化する事はない。アライメント不定のメモリ領域を本機能へ渡してもアライメントされたメモリ領域を得られるわけではない。アライメントされたメモリ領域を得たい場合には、先ず alignas を参照すると良い。

はじめに、ごく単純な使用例のみを示す。但し、 assume_aligned() の効果はソースコード上の記述と実行結果だけでは分かりにくいため、後にもう1つ、 assume_aligned() の効果をより具体的に解説する例も示す。

例1: ごく単純な使用例

#include <memory>
#include <new>
#include <cstdint>
#include <iostream>

// 例えば翻訳単位が異なる、あるいは他人の作成した仕様はドキュメントでわかるが
// ソースコードは不明な実行時にリンクするどこかのライブラリがあるとしよう。
namespace external_library
{
  static char* memory_pool = nullptr;

  // そのライブラリの中で仕様上は領域全体としては 16-byte アライメントされた
  // 4 つ連続した float 型の領域を return してくれる関数があったとしよう。
  float* get_data()
  {
    if ( memory_pool == nullptr )
      memory_pool = new char[ 32 ];

    static_assert( sizeof( decltype( memory_pool ) ) == 8 );

    // 特に、このような実装でアライメントの仕様を満たしていた場合には
    // 翻訳単位が異なれば、呼び出し元を翻訳するコンパイラはそれを知るのは難しい。
    auto data = (float*)( ( (std::uint64_t)memory_pool + 0x0f ) >> 4 << 4 );

    for ( auto n = 0; n < 4; ++n )
      data[ n ] = n;

    return data;
  }
}

int main()
{
  // しかし、それを使用するコードのコンパイル時点では、
  // コンパイラは外部ライブラリによって確保されるメモリ領域が
  // アライメントされている事はわからないとしよう。
  auto data = external_library::get_data();

  // そこで、 assume_aligned() を使い、ソースコードでプログラマが明示的に
  // 特定のメモリ領域のアライメントをコンパイラへ伝える。
  auto aligned_data = std::assume_aligned< 16 >( data );

  // コンパイラが十分に賢く最適化できるならば、
  // assume_aligned() のヒント付けにより次のコードは
  // 16-byte アライメントされた連続した4つの float 領域として、
  // 例えば SSE 命令を用いた最適化により movaps と mulps 命令により
  // ループも排除した単純で高速な機械語を生成してくれる可能性がある。
  // ( assume_aligned() はヒント付けでしかないので、どこまでヒントを活かしてくれるかは
  // コンパイラによって結果は異なるし、まったく最適化に役立ててくれないコンパイラもあるかもしれない。 )
  for ( auto n = 0; n < 4; ++n )
    aligned_data[ n ] *= aligned_data[ n ];

  // (実行結果が見れないと寂しいので付けたが、 assume_aligned() の例としてはこの部分に意味はない。)
  for ( auto n = 0; n < 4; ++n )
    std::cout << "data[ " << n << " ] = " << data[ n ] << '\n';
}

出力

次に示す出力は期待動作を示すものではあるが、残念ながら assume_aligned() の効果については読み取れない。

data[ 0 ] = 0
data[ 1 ] = 1
data[ 2 ] = 4
data[ 3 ] = 9

例2: 効果をより具体的に解説する例

このソースコードでは x86 系の近年の CPU では一般的に使用可能となっている SSE 命令セットから float を 4 つ同時に扱う命令が使用可能な環境を想定し、

  1. コンパイラが操作対象のメモリ領域のアライメントに基づく最適化の可否を十分に判断できる場合、
  2. 十分には判断できない場合、
  3. 十分には判断できなくともソースコード上に assume_aligned() (または相当するコンパイラの独自実装機能)を用いてプログラマが明示的にアライメントをコンパイラへ指示した場合

について #define により選択的にコンパイルできるようにした。

この例2ではソースコードの後に通常の「出力」に代えて、 assume_aligned() の効果を確認するため「逆アセンブル」の一部を示す。

#include <memory>
#include <xmmintrin.h>
#include <numeric>
#include <iostream>

//#define MEMORY_ALLOCATE_ABNORMAL_ALIGNMENT
//#define ASSUME_ALIGN_CPP20
//#define ASSUME_ALIGN_GCC_OR_CLANG
//#define ASSUME_ALIGN_ICC

template <typename T, std::size_t size, std::size_t alignment>
struct alignas(alignment) aligned_pack
{ T data[size]; };

using SSE_SINGLE_TYPE = float;
constexpr auto SSE_SINGLE_PACKING = 4;
constexpr auto SSE_ALIGNMENT = 16;

using f32x4 = 
  aligned_pack
  < SSE_SINGLE_TYPE
  , SSE_SINGLE_PACKING
  , SSE_ALIGNMENT
  >;

int main()
{
  constexpr auto N = 256;

#ifdef MEMORY_ALLOCATE_ABNORMAL_ALIGNMENT
  // SSE_ALIGNMENT アライメントで float 要素を N + 1 個の配列を確保するが、
  // わざと 1-byte だけアドレスをずらした実験用の data 領域を定義
  alignas( SSE_ALIGNMENT ) f32x4 memory_pool[ N + 1 ];
  f32x4* packs =  (f32x4*)( (char*)&memory_pool[ 0 ] + 1 );
#else
  // 素直に SSE_ALIGNMENT アライメントで float 要素を N 個の配列を定義
  alignas( SSE_ALIGNMENT ) f32x4 packs[ N ];
#endif

  std::fill( &packs[ 0 ].data[ 0 ], &packs[ N ].data[ 0 ], 1.0f );

  for ( auto n = 0; n < N; ++n )
  {
    auto& pack = packs[ n ];
    auto xmm =
#ifdef ASSUME_ALING_CPP20
      _mm_load_ps( std::assume_aligned< SSE_ALIGNMENT >( pack.data ) );
#elif defined( ASSUME_ALIGN_GCC_OR_CLANG )
      _mm_load_ps( (float*)__builtin_assume_aligned( pack.data, SSE_ALIGNMENT ) );
#elif defined( ASSUME_ALIGN_ICC )
      _mm_load_ups( (float*)__assume_aligned( pack.data, SSE_ALIGNMENT ) );
#else
      _mm_load_ps( pack.data );
#endif

    xmm = _mm_add_ps( xmm, xmm );
    _mm_store_ps( pack.data, xmm );
  }

  std::cout << std::accumulate( &packs[ 0 ].data[ 0 ], &packs[ N ].data[ 0 ], 0.0f );
}

逆アセンブル

執筆現在は正式にリリースされた GCC, Clang, ICC, MSVC++ などの主要なツールチェインではまだ assume_aligned() の正式なサポートは未完了のため assume_aligned() に代えて GCC および Clang において等価な挙動を示す独自拡張 __builtin_assume_aligned() を用いた場合にコンパイラが生成するコードの最適化効果を GCC-8.3, -O2 での実行結果を元に示す。

2.a. いずれの #define も使用しなかった場合

この場合、コンパイラは packsalignas により 16-byte アライメントを指示された事を知っている。このため、_mm_load_ps の部分は .L3 ラベルのすぐ後で movaps として現れている。 _mm_load_ps は仕様上の直接の対応としては movaps だが、実際はコンパイラによって movups が適切と判断され使用される場合もある。また、 _mm_loadu_ps をコードしていた場合でも movups ではなく movaps へ最適化される場合もある。

つまり、この場合の逆アセンブルからは alignas により 16-byte アライメントで packs のメモリ領域が確保されているから、 XMM レジスタへの読み出し命令はアライメント不明でも使用可能な代わりに僅かに速度的に不利となる可能性のある movups ではなく 16-byte アライメントされたメモリ領域を前提とする代わりに僅かに速度的に有利となる可能性のある movaps が採用される状態となっている事が分かる。

main:
        sub     rsp, 4104
        movss   xmm0, DWORD PTR .LC1[rip]
        mov     rax, rsp
.L2:
        movss   DWORD PTR [rax], xmm0
        lea     rcx, [rsp+4096]
        add     rax, 4
        cmp     rax, rcx
        jne     .L2
        mov     rax, rsp
        mov     rdx, rcx
.L3:
        movaps  xmm0, XMMWORD PTR [rax]
        add     rax, 16
        addps   xmm0, xmm0
        movaps  XMMWORD PTR [rax-16], xmm0
        cmp     rax, rdx
        jne     .L3
        pxor    xmm0, xmm0
        mov     rax, rsp
.L4:
        addss   xmm0, DWORD PTR [rax]
        lea     rsi, [rsp+4096]
        add     rax, 4
        cmp     rax, rsi
        jne     .L4
        mov     edi, OFFSET FLAT:_ZSt4cout
        cvtss2sd        xmm0, xmm0
        call    std::basic_ostream<char, std::char_traits<char> >& std::basic_ostream<char, std::char_traits<char> >::_M_insert<double>(double)
        xor     eax, eax
        add     rsp, 4104
        ret
_GLOBAL__sub_I_main:
        sub     rsp, 8
        mov     edi, OFFSET FLAT:_ZStL8__ioinit
        call    std::ios_base::Init::Init() [complete object constructor]
        mov     edx, OFFSET FLAT:__dso_handle
        mov     esi, OFFSET FLAT:_ZStL8__ioinit
        mov     edi, OFFSET FLAT:_ZNSt8ios_base4InitD1Ev
        add     rsp, 8
        jmp     __cxa_atexit
.LC1:
        .long   1065353216

2.b. MEMORY_ALLOCATE_ABNORMAL_ALIGNMENT のみ定義した場合

この場合、 packs は故意に 16-byte アライメントから 1 byte だけずれたメモリ領域となる。すると、 .L3 の部分で _mm_load_psmovups へ翻訳されるようになる。

今回はコンパイラが packs が 16-byte アライメントされていない可能性を検知した事により movaps ではなく movups が安全に採用されている。

.L3:
        movups  xmm0, XMMWORD PTR [rax]
        add     rax, 16
        addps   xmm0, xmm0
        movups  XMMWORD PTR [rax-16], xmm0
        cmp     rdx, rax
        jne     .L3
        pxor    xmm0, xmm0
        lea     rax, [rsp+1]
        lea     rdx, [rsp+4097]

2.c. MEMORY_ALLOCATE_ABNORMAL_ALIGNMENTASSUME_ALIGN_CPP20 または ASSUME_ALIGN_GCC_OR_CLANG を定義した場合

この場合、 assume_aligned() または __builtin_assume_aligned() によるプログラマからの明示的なヒント付けにより、コンパイラはプログラマからの情報を信じて packs の要素が 16-byte アライメントされたメモリ領域であり、その領域が _mm_load_ps の実引数として渡されていると判断して翻訳を行う。結果、コンパイラは _mm_load_ps を 2.b. の movups ではなく movaps へと翻訳する。

.L3:
        movaps  xmm0, XMMWORD PTR [rax]
        add     rax, 16
        addps   xmm0, xmm0
        movups  XMMWORD PTR [rax-16], xmm0
        cmp     rax, rdx
        jne     .L3
        pxor    xmm0, xmm0
        lea     rax, [rsp+1]
        lea     rdx, [rsp+4097]

なお、この例は逆アセンブルから assume_aligned() の効果を確認するために用意し、その意味ではコンパイラは期待動作してくれるが、この 2.c. から生成される実行バイナリを実行した場合、出力は得られずプログラムは segmentation fault して OS に実行を停止させられてしまう。 16-byte アライメントされたメモリ領域を前提とした movaps を、その前提を確実に満たさないメモリ領域に対して実行する実行プログラムとしては不正な機械語が生成されるため生じる。

例え故意でなくとも assume_aligned() を不適切に用いてしまうと、この様にプログラムは期待動作し得ない実行バイナリを生成してしまう可能性も十分にあるため、使用にあたっては必要性、妥当性について十分に注意すると良い。

実装例

#include <cstddef>
#include <cstdint>

template < std::size_t N, typename T >
#if defined( __clang__ ) || defined( __GNUC__ )
  __attribute__( ( always_inline ) )
#elif defined( _MSC_VER )
  __forceinline
#endif
[[ nodiscard ]] constexpr T* assume_aligned( T* ptr )
{
#if defined( __clang__ ) || ( defined( __GNUC__ ) && !defined( __ICC ) )
  return reinterpret_cast< T* >( __builtin_assume_aligned( ptr, N ) );
#elif defined(_MSC_VER)
  if ( ( reinterpret_cast< std::uintptr_t >( ptr ) & ( ( 1 << N ) - 1 ) ) == 0 )
    return ptr;
  else
    __assume( 0 );
#elif defined( __ICC )
  switch ( N )
  {
    case 2: __assume_aligned( ptr, 2 ); break;
    case 4: __assume_aligned( ptr, 4 ); break;
    case 8: __assume_aligned( ptr, 8 ); break;
    case 16: __assume_aligned( ptr, 16 ); break;
    case 32: __assume_aligned( ptr, 32 ); break;
    case 64: __assume_aligned( ptr, 64 ); break;
    case 128: __assume_aligned( ptr, 128 ); break;
  }
  return ptr;
#else
  // Unknown compiler — do nothing
  return ptr;
#endif
}

バージョン

言語

  • C++20

処理系

†2019-04-29 時点で正式リリース版の対応はまだ無い。処理系独自拡張による等価な実装はあり。 ‡2019-04-29 時点で GCC-10.0.0 20190426 (experimental) では使用可能を確認。

(本項は初稿時点では処理系の対応がまだ進んでいないため、各処理系の対応情報が明らかとなり次第、記述の更新が求められる。)

備考

C++20 から標準で使用可能となる本機能だが、実装例からも分かるように GCCClang には等価な独自拡張での実装が以前から存在する。例えば __builtin_assume_alignedGCC-4.7 以降, Clang-3.6 以降から使用可能だった。

関連項目

参照